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HPF2025cocept

HOKKAIDO PHOTO FESTA(略称HPF)は、2017年に札幌市で発足し、写真について「学び」「語り合う」場を目指して活動を続けてきました。これまで、ポートフォリオレビューや各種レクチャーを中心に、多くの作家の方々にご参加いただき、写真集出版や展示、作家自身のブラッシュアップといった成果を積み重ねてきました。
その実績を踏まえ、HPF2025では「写真とは何か」を改めて考える機会としたいと考えています。

 

 ある時、「写真とは何か」を追求するうちに、追えば追うほど「写真」が逃げていく感覚に気づいたのです。それは「表象としての写真」だけを視ているということで、この時から別のアプローチを探ることとなりました。その答えを探す中で、ロラン・バルト(1)(Roland Barthes, 1915–1980)著書『明るい部屋』(2)で書かれている「かつてそこにあった」とという言葉に出会いました。その意味は、かつて対象物がレンズの前に確実にあったという記録性・参照性が写真にはあるということで、それは他の絵画などの視覚芸術にはない特徴となります。ただバルトは写真について「コードなきメッセージ」とも言っていて、写真にはコードすなわち感情などの意味付けはなく、受け取る側の様々な解釈により、そこには真実というものは存在しないし、写真にあるのは時間性の過去にあった記録性だけであるとも述べています。

 

このように「写真とは」観賞者の様々な解釈がなされ、作品になってゆくものであると考えますが、そこには作家や観賞者の無意識が大きく関わってくると考えます。かつてフロイト(Sigmund Freud, 1856–1939)は人間の行動は意識より無意識が大きく関わっている述べ、実際ペンジャミン・リベット(3)(Benjamin Libet, 1916–2007)の研究(4)でも脳の動きよりも意識は0.5秒遅れることが実証されました。そして無意識が人間の行動に影響し、とりわけその中で「エピソード記憶」が、ものごとの判断に大きく関わっているとされます。この「エピソード記憶」は日常の生活で記憶される膨大な「意味記憶」の中から、特異な事象だけを抽出するということで日記のような役目をしており、匂いや視覚をきっかけに想起されます。それがいわゆるプルースト効果といわれるものです。

 

  北海道で作品制作する中で、私は「静寂」という特異な感覚に出会います。そして、この「静寂」の「無音」の中に「意味記憶」が混融されていると考えます。私自身の体験で言えば、雪夜の撮影でこの「静寂」を感じることがあります。雪は全ての音を吸収して「無音」の世界を作りますが、この「主客未分(5)」の状態から生まれる「間」には、過去と現在をつなぎ、時間や想像を呼び起こす力があると感じます。かつて現代音楽家の武満徹(6)(たけみつ とおる, Toru Takemitsu, 1930–1996)が著書『音、沈黙と測りあえるほど』の中でこう述べていました。

“北海道の原野を歩いたとき都会は末梢神経こそ肥大化させるが、40Kmも見渡せる原野の知覚のようなものをもたらさない(7)

この言葉は武満が北海道の自然に触れ発見した感覚で、静寂は、ただの無音というより、聴き手の集中・想像・時間感覚を喚起する余白として機能することを意味します。そして武満は、沈黙こそが時間の流れを可視化する手段であることを示唆します。このように「視る」ということは必ずしも視覚的に視るということだけでないと考えます。それは「エピソード記憶」のように無意識からのアプローチも含まれ、さらには物事の見方などの「思考」さえも「視る」ということの範疇になると考えます。このように「視る」とは、単に視覚だけでなく、無意識や思考を含めた行為であると考えます。そこでHPF2025では『見えない世界を視る』を共通テーマに掲げ、4つのプロジェクトを開催します。

 

 

北海道という土地は、森羅万象のすべてから独自の要素を発しています。このようなことから、今回HPF2025では明治時代の北海道開拓における囚人道路開削をテーマとした『Your eyes are our eyes〜囚人道路』で、視覚と嗅覚により過去と今の私たちを繋ぎたいと考えます。また『コレクティブ展』では各種マティリアルを使い、現代における「写真とは」について考え、さらには北海道の自然の要素から現れる「写真」について提示できればと思います。また『香りと記憶の交換』のワークショップでは、プルーストが臭いにより記憶を呼び覚ましたということから、さらに進め嗅覚からの視覚化を目指したいと思います。この一連のHPF2025の総括として、『HPF2025フォーラム』では、写真史を辿り、「写真とは」ということから、さらには「静寂」などの北海道という土地性に関わることで、写真の本質に少しでも近づくことが出来ればと考えています。

 

HPF2025は、4つのプロジェクトを通して、「見えない世界を視る」という視点から、写真の新たな可能性を探ります。

                                                                                                                                                                                                                     HPF Founder 大橋 英児

 

 

(1) フランスの批評家・思想家。文学理論、記号論、写真論など幅広い領域で影響を与えた20世紀の代表的知識人。

(2) 『明るい部屋』ロラン・バルト 花輪光訳、(株)みすず書房、1986年

(3) アメリカの生理学者・神経科学者。カリフォルニア大学サンフランシスコ校で活動し、「自由意志と脳活動」 に関する実験と自由意志と「拒否権」で有名です。

(4) Libet, B. et al. (1983). “Time of conscious intention to act in relation to onset of cerebral activity (readiness‐potential).”この論文で、被験者の「意識的意図(W 時間、ウィル意識を感じた時刻)」と、脳波(準備電位:readiness potential, RP)の立ち上がり時刻との関係を実験的に測定しています。

(5) 『善の研究』西田幾多郎著、岩波文庫、1991年、P.264

(6) 日本を代表する現代音楽家、作品は、コンサート・ピースから電子音楽、映画音楽、舞台音楽、ポップ・ソングまで多岐にわたる。「タケミツ・トーン」と呼ばれた独特の響きは、世界中の演奏家、音楽ファンを魅了した。

(7) 『音、沈黙と測りあえるほど』武満徹、(株)新潮社、1971年,P33

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